中学3年の春。それは、祖父の遺品の中にあった。

 

10代前半までに受けた衝撃は、しばしばその後の人生に決定的な影響を与えることが少なくありません。

中3の春に亡くなった祖父の遺品の中に、そのカメラはありました。

 

OLYMPUS OM-1。

1972年に初代が発売されたOlympus OM-1


このOM-1は、1978年に購入されました。1978年。そう、私が生まれた年です。

この年に生まれる初孫を撮影するために、購入したカメラ。

  

悲しいかな、私の前に現れた祖父の遺品は、レンズやボディの至るところにカビが増殖し、とてもそのままで使える状態には見えませんでした。

  

私は祖父がOM-1で撮影していた姿を記憶していません。
恐らく、長い間使われず、実家のタンスか物置の中に眠っていたものと思われます。

 

世界初、「レンズ付フィルム」である「写ルンです」の発売が1986年。

わざわざ15年前のフルマニュアル・フィルムカメラを使わずとも、巷には便利なオート機能を有するカメラが多数、存在していました。

  

「それ、俺が使うわ。」

  

「えっ。」という父と母の驚いた顔を、今でも覚えています。
なぜ、そんなカビだらけで不便なカメラを引き取ろうと思ったのか、分かりません。

  

ただ、「このカメラは自分のところに来るべきだ」と直感的に感じたのです。

  

 

それから30余年、祖父が購入してから間もなく50年を迎えようとする今も、そのカメラは私の手元にあり、シャッターを切れる状態にあります。

  

  

  

祖父のカメラOLYMPUS OM-1との出会い

当時の私は、中学3年の受験生でした。

当然、ISO感度も、絞りも、シャッタースピードも、露出計の見方も、何も知らない。

  
 

勉強明け、夏休みの早朝に近くの公園で試し撮りした写真の出来はひどいもので、ピントは外しまくり、壮大な手振れ写真のオンパレード。露出の概念すら知らない若造の写真は、とんでもないオーバーな仕上がりばかりでした。

   

しかし、この白飛びだらけの写真が、良い意味で私に衝撃を与えてくれました。

   

いつも見ている公園のフェンス。そのフェンス越しに見える車。いつも遊んでいた遊具や砂場、休憩用のベンチ。

普段何気なく見ている風景が、この小さなレンズとボディを通すと、こんな風に見える(写る)のか――と。

カメラという小さな箱が見せてくれた、この世界の面白さ。

生前、それほど口数が多くはなかった祖父が、教えてくれた世界の面白さ。

 

思いもよらない世界を見せてくれる力が、カメラにはある。
その時の私には、まるで世界の真実の1つに気付くことが出来たような、多幸感に包まれていました。



このオールドカメラと共に

 

15歳で引き継いだこのカメラは、その後、山口で暮らした大学時代の思い出を写し、結婚式という人生の節目を記録し、生まれくる自分の子ども(そう、祖父が自分の孫を写したように)の思い出を刻み、父の遺影となる写真を残す(父の誕生日に、たまたま孫と一緒に写真を撮っていた)ことになります。

その後、浪人・大学時代に培った文章構成・表現力は、自らの撮影スタイルと組み合わせることにより、フライヤー制作から始まり、今ではHPの依頼も頂くまでになる、その礎となりました。


サラリーマン時代に叩き込まれたビジネスマナー・スキル、多種多様な業種の皆様に出会えたお陰で、事務代行やOffice製品によるデータ作成、PPTによるデザイン作業など、皆様のビジネス活動を幅広くサポートできるスタイルの確立に至りました。

写真撮影のみだった撮影業務は、いつしか動画撮影・編集の分野が多くなってきました。

この先、自分のスタイルがどの様に変化していくのか、皆目見当もつきませんが、その中心にはいつも、私よりも歳上のオールドカメラがいることだけは、変わりないと思います。
 

サービスについて

具体的に何ができるのか。

  

 

撮影(写真/動画)

人物・商品・店舗を、「届くべき人に刺さる」カタチに変換します。

デザイン・ロゴ・グラフィック

ブランドの「顔」を、コンセプトから一貫してデザインします。

HP・LP制作

自走できる管理体制で納品。作って終わりにしません。

SNS運用設計

「誰に」「何を」「どんな風に」投稿すればいいか、一から一緒に整理します。

データ分析・戦略立案

「感覚」ではなく「根拠」から、ターゲットとメッセージを決めます。

伴走支援(月次継続)

単発で終わらず、継続的に伴走します。データ更新・見直しを続け、発信をサポート致します。

   

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